将棋と囲碁:先手の勝率とハンディキャップ

2004/10/15

東海大学理学部情報数理学科 古山恒夫

将棋年鑑によると、この20年間の先手の勝率は50.6%から54.0%である。プロの公式対局数は毎年2,200局前後あるから将棋というゲームは先手有利であることは間違いない。勝率54%というのは、20回戦ったらほぼ11勝9敗になるということで、先手が大変なアドバンテージを有していることを示している。今年の春に行われた名人戦も当時の羽生名人が初戦の先手番を落とした以降は挑戦者の森内九段とお互いに先手番に勝って、結局森内九段が4勝2敗で名人位を獲得した。サーブ(先手番)を1回ブレークした方が勝ちを収めたテニスの試合を見ているような気分であった。

それでは、将棋は先手必勝のゲームか、ということになるが、私は必ずしもそうではないと思っている。証明することはできないが、「将棋は先手有利ではあるが、後手が無理に「勝ち」を狙わず、引き分けを狙えば、「千日手(*1)」あるいは「相入玉(*2)」で引き分けになる」というのが私の信じているところである。

将棋の局面は、81×2+2(盤上の枡目の数×先手・後手+先手と後手の駒台)合計164の各位置に40枚の駒がどのように配置されているかによって決まる。駒の配置には、(1)「2歩」などの禁じ手、(2) 王様同士が隣り合うような実際には起き得ない状態、(3) 同一種類の駒が複数個あること、(4) 駒台にはいくつでも駒が置けることなどの条件が複雑にからみあって、局面の総数と求めることは簡単ではない。今すぐわかることは、可能な配置の総数は164の40乗よりは小さいということだけである。ここで着目すべきことは(と言っても当たり前であるが)、その数は膨大であるが「有限」であるということである。

将棋は駒を定められた場所に配置して開始される。つまり初期状態(以下では局面を「状態」と呼ぶことにする)は指定されている。一方、勝敗が決まる状態(最終状態)も定められている。将棋は定められた初期状態から有限の状態を経て、最終状態に達するゲームであるということができる。将棋の最終状態は、片方のプレーヤーがどのような手を指しても次に自分の王様が相手の駒に取られてしまう状態のことを指す。実際にはプロの将棋はそれ以前に片方のプレーヤーが負けを認めてしまうことが多く、素人が見ていて「なぜ負けを認めたのか?」と思うこともある。

ゲームはプレーヤーが1手指すたびに状態を遷移する。ここで状態を「勝敗決定可能状態」と「勝敗決定不可能状態」の2通りに分類する。前者はどちらかが最善を尽くすと必勝になる状態であり、後者は両者が最善を尽くすと、いつまでたっても「勝敗決定可能状態」には達することができない状態であるとも言える。「勝敗決定不可能状態」がないゲームは先手必勝か後手必勝である。

将棋の初期状態は、「勝敗決定不可能状態」に属している(と信じている)。しかし、局面が進むにつれ、ほとんどの場合「勝敗決定可能状態」に状態遷移する。初期状態は「後手必勝状態」より「先手必勝状態」が多く存在する領域に近いところにあり、初期状態から「ランダムウォーク」すると「先手必勝状態」に入る確率が高い。ただし、どちらかが必勝になる状態にあるということと、必勝になる側が実際に勝つこととは別である。例えば、必勝可能状態であっても、最終的に「勝つ」ためには妙手の連続でなければならない場合や、必勝可能な側が必敗可能な側よりはるかに弱い場合は、勝敗は逆転する。対局者の技量に差がある場合、上手(うわて:強いプレーヤー)はそれを知っていて、「勝敗決定不可能状態」から隙を見せたり、罠を仕掛けたりして、無理やり「勝敗決定可能状態」に遷移するような手を指すことが多い。たとえ自分が「必敗可能状態」であったとしても、とにかく決着が着くような状態にさえ持ち込めば、あとは技量の差で自分が必勝可能になるようにすればよいからである。

とはいえ、このような抽象論では律しきれないのが将棋の面白いところで、例えば後手番の上にさらに1手損をする戦法があり、これでも後手番が勝てるというのでこの戦法を実戦で採用する棋士もいるのである。

将棋に対して囲碁の方はどうであろうか。囲碁は自分で囲った盤上の領地(単位を目(もく)で表す)の広さを競うゲームであるが、このようなゲームは当然のことながら先手(黒)が有利である。神様同士が戦えば先手必勝のはずである。何しろ黒は白より先に囲いはじめるのだから。ただ、囲碁については、コミ出しという方法で将棋よりもハンディが付けやすい。あらかじめ先手にコミと呼ばれる領地のハンディを与えておく。

囲碁で石を置くことができ、また領地の候補である点の数は19×19=361である。1局の手数は、「中押し」といういわばコールドゲームになる場合を除くと、200手以上になるのが普通であり、領地となる点の数は160には達しない。これを両プレーヤーで分けるのであるから、両プレーヤーの領地はそれぞれ70目程度である。

古くはコミは4目半であった。すなわち、先手(黒)は後手(白)より5目以上多く領地を確保しないと負けになるという規則である。このようにコミの中に「半目」分を入れることによって引き分けという結果をなくすことができる。伝統的な本因坊戦では、昭和初期から昭和40年代の後半まで4目半であった。しかし、日本棋院の公式対局の統計的な結果から、4目半のコミでは依然として先手有利であると言われ、昭和30年度の王座戦で5目半のコミが採用されるようになった。昭和30年代の半ばから昭和40年代の後半まで、棋戦によって4目半のコミと5目半のコミの両方があったことになる。昭和50年代以降は、コミは5目半に統一される。これで決着がついた(すなわち先手の有利度は5目~6目の間)と思ったのだが、何と2年ほど前から6目半のコミも採用されるようになった(2002年9月19日の日本経済新聞)。1997年度から2001年末までの5年間の日本棋院のプロ公式戦約1万5千局で、先手の勝率は51.86%であることがその根拠であるらしい。恐らく今後は6目半で統一されることであろう。その記事によれば、中国ではすでにコミは7目半になっているらしい。

われわれ素人の対局では、5目くらいの差はあってなきがごときことも多いが、プロの囲碁は、われわれ素人と違って1目の違いは非常に大きい。中盤を過ぎるとどちらが有利であるかは、玄人の意見は一致し、2目くらいの差があるとその差をつめるのは大変である。そのような状況の中で長い間4目半のコミで戦っていたということはどういうことであろうか。本当は6目半あるいは7目半が公平なハンディであっても、4目半のコミで対等であると信じれば、そういうものかと思って戦うのであろうか。

(*1)同一の局面が4回繰り返して現れると、この繰り返しが無限に続くと判断されて引き分け(持将棋と呼ぶ)になる。
(*2)両方のプレーヤーの王様がお互いに相手の陣地に入り、それぞれの駒数が拮抗していて勝負がつかないと判断される状態。ただし、本当に勝負がつかないのかどうかはよくわからない。