大学で学ぶこと

2004/01/01

東海大学理学部情報数理学科 板井昌典

 「大学で学ぶことって何だろう」と,あらためて自問してみました. もちろん,私自身は「大学生」だったこともあり,「大学生活」を 楽しんだ体験もあります.ですから,自身の過去を思い出しながら 「大学で学んだことって何だろう」と自問するべきかもしれません. しかしここでは,過去の体験を振り返りながらあえて「大学で学ぶ とは」ということを3つの側面から考えて見ます.

1.自発的,自主的ということ

自身の高校生活,大学生活を振り返ってみて思うのは,高校と大学 の一番大きな違いはこの「自発的,自主的」ということではないかと 思います.高校時代は時間割も決まっていましたし,自分の裁量で 決定できることは限られていました. 出来ることは せいぜい,理系と文系の選択肢 ぐらいしかなかったように記憶しています.
ところが,大学へ入るとまず時間割が週の半分ほどしか埋まりません. 大学1年の4月頃は,まだ高校生気分が抜けませんから「この分だと, 高校時代のように時間割をぎっしり埋めたら2年間で卒業できるのでは ないか」などと考えたものです(とんだ考え違いをしていたことに あとですぐ気付きましたが).

講義時間の他は何をやってもいいんだ,とすごく開放感を覚えました.授業を 「サボる」という怠け心がそのあと発生し,講義があるなしに拘わらず「何を やってもいいんだ」と勝手に思い込んだ時期もありましたが,いずれにせよ, 時間はたっぷりありますから,自分から何かをしないと何事も始まらないと 思ったことを覚えています. 無為に過ごした時間も長かったように思いますが,やがて友人達との「勉強会」 や「読書会」へと発展していきました.大学の単位とは「無縁な」このような 活動をいまでもよく覚えていますし,役立っています.

2. 「学び方,勉強法」を学ぶ

自分に適った「学び方,勉強法」を学ぶ,見つけるというのが大切です. 「自分流」という訳ですが,それでいて「独善」にならないというのが肝心です. 残念ながら,万人向き「学び方,勉強法」のアルゴリズムがあるわけではありません. したがって,いろいろ試してみるしかない訳です.試行錯誤が必要なので, 時間もかかります.ですから,時間に余裕のある大学生の期間に是非会得すべき なのです.

なお,一言ことわっておきますが,ここで問題にしているのは「楽な方法」を どうやって見つけるかということではありません.「本質を掴む」勉強法のこと です.もちろん「効率的」であればなお良いのですが,初めから「効率」だけ を考えているわけではありません.

3. 批判精神を学ぶ

岩波文庫に『数について』(デーデキント著,河野伊三郎訳) という小冊子があります.「連続性と数の本質」という副題 がついていますが,実数や自然数のことを深く研究した有名な 2つの論文の訳です.

実数のことを論じたのが第一篇「連続性と無理数」,自然数論 の基礎を論じたのが第二篇「数とは何か,何であるべきか」です. 第二篇初版(1887年)の序文はこう始まります.

「証明できることは,科学においては証明なしに信頼すべきでは ない。」

ごく当たり前なことを言っているだけのように思うかもしれ ません.しかし常にこのように実践することはそれほど易しいことでは ありません. 数学の教科書や,論文を常に批判的に注意深く読み進めるのは骨が折れる 作業です.つい,いい加減なところで「まあ,いいか.多分正しいだろう」 と変に納得してしまう誘惑にかられます.

こんな時に「そうではないだろう!」と目を醒ましてくれるのが友人 からのコメントです.いい加減な推論の不備を指摘されてしまう訳です. 友人たちとの「勉強会」などで,教科書や論文を紹介する訓練を繰り返す うちに,徐々にこの「批判精神」が身についてくるものです.