統計的仮説検定の社会へのかかわり

2003/12/01

東海大学理学部情報数理学科 道家暎幸

 今日は私の専門である統計学の中の統計的検定のお話をします。統計学を学 んだことのない皆さんは統計とは、データを集め、表を作ったり、グラフのま とめたりする方法を思い浮かべるかもしれません。また情報数理学科で統計学 を学んだ学生は、二項分布、正規分布などの確率分布を思い出したり、推定、 検定が重要であることを知っています。それらの理論はけっこう難しく、私た ちの身の回りにあまり縁がないと思っている人が多いと思います。しかし、統 計的検定は世の中のいたるところで使われ、社会に貢献しているのです。今日 は統計的検定の成り立ち、その発展、最近の傾向について、いくつかの分野を 引用して説明しようと思います。

1. 統計的検定の成り立ち

統計的検定理論の始まり、といえば統計学者フィッシャー(R.A.Fisher,1890 -1962)の名前を挙げなくてはなりません。1900年代の前半の話なのでずいぶん 昔の話ですね。フィッシャーはダーウィンが提示したトウモロコシの生長に関 する実験結果をとりあげ、自家受精のトウモロコシよりも、他家受精のトウモ ロコシの成長率が大きいことを示すため、新しい解析法(検定法)を提案しま した。これは2種類のトウモロコシの成長に関する比較検定であり、これらの 理論は後の実験計画法の基本的な思想につながっています。

2. 品質管理への応用

 統計的検定が使われだしたのは生産の場であり、検定を導入した品質管理と して発展していきます。生産現場で毎日生産される製品をチェックし、異常な ものがあればそれを見つける方法です。この品質管理が定着したのは第2次世 界大戦中とその後で、アメリカ軍は軍への納入製品を大量に扱う必要があり、 これを抜き取り検査により品質を保ちました。これにより、不適格とされた業 者が続出、多くの業者は品質管理に真剣に取り組むようになってきました。抜 き取り検査は、ある業者が生産している製品の山から、一部を抜き取り、業者 の製品全体を適格か、不適格かを判定(検定)するものです。これに対し、 Waldが提案した新しく逐次抜取検査方式が着目されてきました。毎日、製品を 1個づつ抜き取り、それを累積し、製品が得られるたびに検定を実施し、適格、 不適格、抜き取り継続を決定する検定方式です。通常の抜き取り検査に比べ、 検査個数を少なく、早い結論を得る方法として実用化されました。

3. 臨床医学への応用

Waldの逐次抜取検査方式は品質管理における経済的観点から開発された検定方 式です。第2次世界大戦以降、この方式を臨床医学の分野に応用し、倫理的観 点から多くの逐次検定方式が考案されたきました。これは臨床試験において、 開発されてる標準薬に対し、開発している新薬の有効性の比較検定をおこなう ための方法であります。安全性、有効性の保証がない新薬を患者に施し、標準 薬との優劣を比較するもので、危険を伴うため、できるだけ少ない患者に薬を 投与して、早い結論を得たいわけです。これらの目的を達成するために、独創 的な逐次検定方式が研究・開発されてきました。最近、癌などの長期的に観察 を要する症状に関し、指定された期間ごとに得られた患者グループの観測値を もとに逐次的に検定を行う群逐次検定方式の研究も行われています。

4. 最近の傾向

日本は戦後、著しい経済発展を遂げたのは、高性能・高品質の製品を作り続 けたからといわれております。これを支えた一つの要因として日本流の品質管 理があり、その品質管理は先進国と比較してもトップクラスの水準を保ってい ます。よい製品を基準どおり作る技術、made in Japanは良い品質の代名詞で す。皆さんは日本の品質管理に誇りを持っていただいて結構です。最近、ヒト ゲノム分野では、遺伝子間の関係を明らかにすることが求められています。少 数の実験データから効率よく遺伝子間の関係を見出す検定方法が求められてい ます。この新しい研究の応用として、癌やエイズなどの難病に効く新薬の開発 に役立てられるといいですね。