ベルリン紀行

2007/12/01

東海大学 理学部 情報数理学科 道家暎幸

 昨年の4月から半年間、研究休暇をとることができ、ベルリン自由大学の訪問研究員として、ベルリンでの生活を送りました。

テーゲル空港に到着した時は、東京よりもかなり肌寒く感じられましたが、連休後は一斉に木々も緑に色付き、モクレンや八重桜が咲き始め、美しい新緑の季節となりました。

私の受け入れ教授であるProf.レンツの紹介により、大学から地下鉄で通えて、駅近くの閑静な住宅地にあるアパートを借りることが出来ました。大学には週末を除き毎日通い、研究室では日本の共同研究者とメールでの研究打ち合わせが中心となりましたが、月に1度開催されるセミナーは、外国から招聘された研究者による興味ある研究発表がしばしば有りました。大学では、Prof.レンツのもとに、ギリシャ、クロアチア、ロシアなどから学びに来た4人の博士課程の学生がおり、かなり親しくなり、昼食時には当時開催されているサッカーのワールドカップの話題に花を咲かせておりました。

ドイツの大学生は、良く勉強し、大学の授業料は年間8万程度で、研究環境にも恵まれていますが、大学進学率は低いようです。日本のように良い会社に就職するために大学に行くのではなく、学問を学びたい、高度な知識を得たいと考えている学生が多いようです。ドイツでは伝統的に、各種職人の技能と理論を実践と教育で培うマイスター制度を利用することに意義が有ると考える学生も多いためだと思います。

私のアパートに住む日本人から、ベルリンに住む日本人の研究者の集まりが在独日本大使館であるとの案内を頂ました。話の種にと早速、参加を申し込みました。初めはドイツの研究所で物性の研究をしている先生の講演でしたが、内容はまったく分かりませんでした。懇親会では、日本の若手研究者と話す機会があり、多くは日本でのポスドクで、就職がないためドイツの大学の講師や奨学金を貰って研究している人、マックス-プランク研究所に勤務している人など様々です。ほとんどが日本での研究機関での就職の機会を狙っているようでした。この様な現実に対し、ドイツの研究支援体制の充実を感じると共に、日本のポスドク対策の貧弱さを考えさせられました。

夜は、テレビの無い生活なので、近くのバーに行ったり、ジャズを聴きながらビールを飲むのが楽しみでした。演歌好きの私に趣味の変化が起きたのかも知れません。そこでは、岡山大学でドイツ語の講師を5年ほどしていたドイツ人と知り合いになりました。普段は比較的楽しい話題が多いのですが、時々、ドイツの国情について話をしました。東西ドイツが統一後、経済格差が生じ、失業者が増え、福祉の面、特に老後の年金に不安を抱えている、など深刻な話もありました。

週末はなるべく街に出るようにし、石畳とプラタナスの並木道を歩きながら、異国情緒を楽しんでおりました。ベルリンの鉄道網は整備されていて、ほとんどUバーン(地下鉄)を利用し街中へ出て行きました。地下鉄はほとんどが無人駅で改札もなく困っていると、親切なドイツ人が、切符の買い方を教えてくれます。お店での買い物では列を作ることが多いのですが、途中から割り込んだりする人はおりません。やはり、ドイツ人は親切で紳士ですね。電車に乗れば、自転車を持ち込む人、犬を連れて乗り込む人、大声で新聞を売る人、アコーディオンを持って音楽を奏でる人、日本では考えられない光景が見られます。街を歩けばベルリンフィル、オペラなどの音楽会の案内が目に付き、また多くの美術館などが点在し、正に芸術の都という感じです。特に、ブランデンブルグ門からウンター・デン・リンデンの通りは美しく、昔、日本の多くの有名学者や文学者が学んだ土地としても、感慨深いものがあります。しかし、その門の横にベルリンの壁跡が標されていることが印象的でした。

ベルリンでの生活が少しなれた頃、郊外や旧東独の地方都市を探訪することに決めました。ベルリンから電車で30分程でポツダム市があります。サンスーシ宮殿は、広い庭園で、美しい眺めは、日本では味わえない景観を楽しむことが出来ました。帰りにツェツィーリエンホーフ宮殿を訪れました。そこには、第二次大戦末期、ポツダム会談が行われ、4カ国会談でトルーマンが戦争の早期終結のため、日本に原爆投下を決めた部屋がありました。なんとも、不愉快な気持ちになりました。

ベルリンから特急電車で2時間程で世界遺産にも登録されているドレスデンの街があります。ドレスデンの街は戦争で全て破壊されたはずですが、見事に復元されています。荘巌なツブインガー宮殿、ドレスデン王宮がある旧市街は 中世の町並みを散策している様でした。昼はエルベ川の綺麗なレストランで食事し、良い思い出になりました。

このように、ドイツが歴史的な爪痕を残しながら逞しく生きている人々にふれ、楽しかったドイツでの半年間の生活を回顧している次第です。