遊びの心と理論 -MIT滞在より-

2003/03/01

東海大学理学部情報数理学科 土屋守正

 私は現在、東海大学大学院研究指導教員研究教育奨励休暇という舌を噛みそうな長い名前の制度のおかげで、米国ボストンのマサチューセッツ工科大学(MIT)で半年間の研究生活を送っています。半年間、MITのセミナーや研究者向けの講義等に参加したり、これまでに温めてきたアイデアを検討して論文にするという生活を送っています。結構多くの論文をまとめることができました。これも、寒くて家と研究室に居るしかないせいだと思っています。

今年のボストンは、ここ十年でもっとも寒い冬だそうです。体感温度が-25℃になる寒波がたびたび襲ってきます。そんな時に走ろうものなら、冷たい空気のおかげで肺が痛くなります。また、一晩に40cmくらい積もる雪の日もあります。ちなみこのコラムを書いている今は、明日までに多いところで30インチ(約1m)は積もると予想されているブリザードが荒れ狂っています。隣の部屋の人は、「冒険をしたい」といってブリザードの中を探検に出てゆきましたが、真っ白になって帰ってきて、シャワー室へ体を温めに飛び込んで行きました。もう少し暖かい所の大学にすればよかったかなと思う此の頃です。明日は、雪の山を抜けてMITへ行かなければなりません。何しろ、MITはどんなに雪が降っても講義は休みになりませんので。こちらの学校は朝雪が降るとたいてい休みになるのですが、MITとハーバードだけはどんなに雪が降っても休みになりません。こちらが苦労して、雪の中MITに出て行っても、多くの人が「雪が何」という感じで、何事もなかったようにセミナーが行われるのです。

MITは、全米でトップクラスに入る大学で多くのノーベル賞受賞者を出しています。MITの構内には、ノーベル賞受賞者の展示コーナーがあります。ちなみに、ノーベル医学生理学賞受賞者の利根川博士は、MITの教授です。MITはケンブリッジというボストンの隣の町の中にある都市型の大学なので、大規模な実験施設ありません。そのためか主に理論面からの研究が中心と言うことを、工学部の人から聞いたことがあります。小規模な実験から、最先端の理論を導き出すのだそうです。日本のノーベル賞受賞者の多くが理論的成果や小規模の実験から導かれた結果で受賞していることを(例えば、日本人最初のノーベル賞受賞者の湯川英樹博士や昨年の田中さん)考えるとMITは日本的な研究のアプローチをしているようにも思えます。

結局アイデアが大事で、様々な現象からどのようにアイデアを見出すかということになると思います。アイデアの源泉である遊びをMITは非常に大切にしているようです。4月1日のエイプリルフールには恒例のいたずらがあります。私が知っていることでは、MITの講堂の屋根にパトカーの実物大の模型を一晩のうちに置いたなどがあります。先日のバレンタインデーでは、講義中に学生のグループがやってきて、誕生日の学生に歌をプレゼントしていました。こんな学生の遊びを先生方は、ニコニコしながら見ています。こういう遊びの心から、様々なアイデアが生まれてくるようです。

受験勉強には、高校の範囲という枠があるのですが、現実の研究には(大学での講義も)枠はないのです。自由に方法、方向を定めて研究をして行くことになります。研究上のブレークスルーを探すことが必要になります。ブレークスルーの見つけ方は、人それぞれで、自分で身に付けて行かなければなりません。ある種の余裕と遊びの心からブレークスルーは身につけることができるのだと思います。MITは、それを知っているので、遊びの心を大事にするのでしょう。

品質の問われる最先端の生産現場では、このような余裕や遊びは余りないとおもいますが、理学部のような、理論的な研究をしている場では、遊びの心と余裕が重要な要素となります。ノーベル化学賞を受賞した島津製作所の田中さんや、筑波大の白川博士の様に実験の失敗からすばらしい結果を導き出すことができたのは、物事を広く見ることのできるある種の余裕と遊びの心があったからと思います。この点から見ると非常に理学的な人々がノーベル賞を受賞していると言えるのではないでしょうか。

今MITでは、コンピュータサイエンスのセクションの大規模な拡大を行っています。コンピュータサイエンス用の大きな建物を建築し、研究の拡大を図っています。私のいる理学部でも、計算機理論の科目がカリキュラムの中に多く見られます。これまでのMITの流れからすると、汎用製品ではなくまず理論からでしょう。自由な発想から生まれる理論の研究が拡大されると思います。

ボストンの雪の中にて